折紙について

折り紙は本来は文書の様式の一つで、1枚の紙を2つ折にして片面に書きそれを2つ折にしたもののことでしたが、本阿弥、後藤家が折紙式の鑑定書を出すようになってから、鑑定書という意味も含まれるようになりました。

古い折紙(元和以前)

本阿弥光徳が元和2年に刀剣極所の役を与えられて発行が始まりますがそれ以前にも極め札があったようです。現存の資料も非常に少なく詳細は分からないことが多いですが、様式は一定せず、鑑定人によって書き記し方は随分違っていたようです。

折紙に使用した紙

元禄時代より加賀前田家が、折紙用に奉書紙を毎年贈るようになり以降、サイズ等は統一され後世までほとんど変化は見られません。逆に元禄以前は質や大きさ等がまちまちなようで一定していません。

書式

書式は原則、行書に限られています。十三代光忠までが非常に達筆で上手です。以降は様式にはまり、花押も型紙を用いる手法で書いていたりするので評価は低くなっています。

折紙の様式

このように書き、10~19代までほとんど変化しません。

最初に刀銘を書きます。ここでは刀工銘のみ記載するのが原則ですが、名物などの場合は異名、号も書くことになっていました。

2行目は正真と本物であると保証し、刀と折紙の関係を示す為に、長さや寸法、在銘、無銘、磨上などの区別と彫り物について書きます。折紙付きの刀でこれらの特徴と一致しない場合は合わせ折紙である可能性が極めて高くなります。

3行目には代金が書かれます。大判金や永楽銭に換算したものです。ただし注意事項として実際の価値ではありません。昔は贈答品として太刀や馬などを相手に贈る習慣がありました。これを簡易的に済ませる為に目録付きで金銭で贈る方法が使われていました。これが折紙にも用いられました。よって格付け要素が強いので注意して下さい。また代付けは江戸時代の流行が基準ですので代付が低くても現代で評価されている刀工もいます。代付されているのは慶長新刀以前の刀工になります。金子と銭による評価の違いはよく分からないのが現状です。どう使い分けたか理由が不明。

最後に折紙発行年月日と干支(干支は省略した発行者もあり)発行者の花押と花押の裏に豊臣秀吉からの拝領といわれている判をおして正式なものであると証明してます。

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